はじめに知っておきたい必要経費の考え方
個人クリニックの節税対策に欠かせないものが、必要経費の計上です。
必要経費については、所得税法において下記のとおり定められています。
“総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用”
まとめると下記のようになります。
- 売上原価
- 収入金額を得るために直接必要となった費用
- その年の販売費、一般管理費、その他業務で生じた費用
たとえば、診療材料や医薬品の仕入れにかかった費用、人件費、クリニックの維持管理費用、広告宣伝費、水道光熱費、支払手数料、旅費交通費、図書研修費、借入金の支払利息などです。
もちろん、取り組み次第では他にも必要経費にできるものがたくさんあります。
見落としやすい経費を中心に、必要経費になるもの・ならないものを見ていきましょう。
必要経費になるもの
設備投資費
事業用の固定資産は減価償却をすることによって、その耐用年数にわたり取得価額を必要経費に計上することができます。
交際費
事業のために必要な接待の費用、手土産や贈答品などの購入代金は、交際費として計上さることができます。
ただし、個人事業における交際費は個人的な支出であるとみなされやすいものの一つです。
税務調査では、支出相手との関係や支出目的から業務の遂行上直接必要と認められるかどうか、個人クリニックの収入に貢献する支出といえるかどうかをチェックされます。
会議費
会議のための場所代、弁当や飲み物代は、会議費として必要経費に計上できます。
スタッフの食事代には給与課税の問題がありますが、会議費として処理できるものは対象外です。
福利厚生費
スタッフの福利厚生費は、個人事業主でも活用できます。
たとえば、慰労目的のレクリエーション、懇親会、社員旅行などの費用が考えられます。
給与課税の問題がありますが、スタッフが平等に利用できる福利厚生にすること、事業主が負担する金額が社会通念上一般であること、金銭の代替支給をしなければ対象外です。
なお、院長自身や家族のためだけに行う慰労目的の取り組みは、基本的に福利厚生費にはなりません。
必要経費にならないもの
院長個人のための費用
院長個人の私生活のための支出は、必要経費に計上できません。
- 院長個人の健康診断や人間ドックの費用
- 院長のみが利用するスポーツクラブの会費
- 院長の生命保険料
生命保険料は、要件を満たせば所得控除(生命保険料控除)として、支払った保険料の一部を控除できます。
家族や親族(生計を一緒にする)への支払い
クリニックのために必要な支払いでも、支払う相手が院長の配偶者や親族(同一生計に限る)であれば、必要経費に計上できません。
- 事業専従者への給与は「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出することで必要経費に計上できます
- 上記の届け出をしていない場合でも事業専従者控除(配偶者:最大86万円、それ以外の親族:1人につき最大50万円)を受けることができます
- 支払いを受けた配偶者や親族が支払う一定の経費は、個人クリニックの必要経費になります(例:クリニックの土地建物を父から借りている場合、父が支払う固定資産税等)
個人クリニックを経営するドクターにおすすめの節税対策
青色申告をする
確定申告を青色申告で行うことによって、節税に有利な特典を受けることができます。
まだ開始していなければ、ぜひご検討ください。
- 青色申告特別控除
→事業所得から最大65万円を控除可能
- 家族従業員への給与が必要経費になる
→「青色事業専従者給与に関する届出書」の提出によって、家族への給与を全額必要経費にできる
- 30万円未満の資産なら全額その年の必要経費にできる
→取得価額30万円未満の資産なら使用開始年に全額償却可能
- 青色申告者に限定された有利な税制を利用可能
→投資促進税制、経営強化税制など
- 欠損金の繰越控除が可能
→事業の損失を翌年3年内の利益から控除できる
青色申告を始めるには「所得税の青色申告承認申請書」を税務署に、青色申告をしたい年の3月15日までに提出する必要があります。
開業年であれば、開業から2ヶ月以内に提出すればOKです。
青色申告をするには、備え付けなければならない帳簿があります。
特に青色申告特別控除65万円(または55万円)を受けるには、正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)によって帳簿をつけることなどが求められます。
対応が難しい場合は、会計事務所の記帳代行サービスの利用がお手軽です。
所得控除を増やす
所得控除とは、所得の合計額から差し引くことのできる控除です。
本人が実際に金銭を支出することで受けられるものと、そうでないものがあります。
支出することで受けられる控除 | 支出に関係なく受けられる控除 (いわゆる人的控除) |
・医療費控除 ・寄附金控除 ・社会保険料控除 ・小規模企業共済等掛金控除 ・生命保険料控除 ・地震保険料控除 | ・基礎控除 ・配偶者控除、配偶者特別控除 ・扶養控除 ・寡婦、ひとり親控除 ・勤労学生控除 ・障害控除 |
小規模企業共済やiDeCoがおすすめです。
支払った掛け金をすべて所得控除(小規模企業共済等掛金控除)に計上することができ、かつ、老後生活への投資になります。
また、退職所得として受け取ることができる点も個人クリニックの院長の節税対策に向いています。(年金ではなく一時金で受け取る必要があります。)
掛け金の上限は、合わせて1か月あたり6万8,000円(年間81万6,000円)です。
iDecoについては、こちらの記事で解説しております。是非ご一読ください。
所得分散の見直し
個人クリニックの所得は院長個人に集中させるよりも、家族や他の法人などに分散させたほうが節税になります。
なぜなら所得税の税率は5%~45%(住民税も合わせれば15%~55%)で所得の高い部分ほど高い税率が適用されるからです。
分散するとどのくらい所得税が変わるのか、計算例で確認しましょう。
- 院長の課税所得:3,000万円
→院長の所得税:約920万円
上記の例から、3,000万円のうち、青色事業専従者である配偶者と長男に600万円ずつ給与として支払った場合、下記のようになります。
- 院長の課税所得:1,800万円
- 配偶者の給与収入:600万円
- 長男の給与収入:600万円
→この場合、3人の所得税の合計は約480万円(院長約440万円、妻と長男約20万円ずつ)
※妻(配偶者)と長男の所得控除は社会保険料控除と基礎控除を適用
所得を分散すれば適用される所得税率が下がります。
さらにそれが給与であれば、給与所得控除によってさらに大きな節税効果が生まれます。 所得を分散する方法は他にもMS法人の設立などが考えられます。
設備投資の活用
青色申告者は「投資促進税制」や「経営強化税制」を活用して、節税しながら設備投資をすることができます。
「経営強化税制」は経営力向上計画の策定・認定を受ける必要があります。
- 機械装置(1台160万円以上)
- 工具(1台120万円以上)
- ソフトウェア(70万円以上)
など
下記のいずれかを選択できます。
- 特別償却(取得価額の30%または全額)
- 税額控除(取得価額の70%または10%)
特別償却とは、減価償却費に特別償却費を上乗せするものです。投資した年の税負担を抑える効果があります。
これに対して税額控除とは、その年の所得税から設備の取得価額×7%(「中小企業経営強化税制」は最大10%)を直接控除できます。100万円の設備投資であればその年の所得税が最大10万円減り、かつ、通常どおり減価償却費も必要経費に計上できるということです。
制度についての詳しい情報は、下記をご覧ください。
中小企業庁:中小企業投資促進税制
httpss://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/2014/tyuusyoukigyoutousisokusinzeisei.htm
中小企業庁:経営強化法による支援
概算経費
個人クリニックのその年の社会保険診療収入が5,000万円以下(自由診療と合計して年7,000万円以下)の場合、保険診療収入に対応する必要経費を「概算経費」とすることができます。
<概算経費の速算表>
社会保険診療の金額 | 計算式 |
2,500万円以下 | 72% |
2,500万円超3,000万円以下 | 70%+50万円 |
3,000万円超4,000万円以下 | 62%+290万円 |
4,000万円超5,000万円以下 | 57%+490万円 |
社会保険診療収入のみが対象ですので、自由診療の経費は実費で計上します。
概算経費と通常の必要経費のどちらが得をするかは毎年計算してみなければわかりません。
税理士にご相談ください。
医療法人化
個人クリニックを法人化する方法です。
高い節税効果が期待できますが、医療法人ならではの注意点もあります。
- 所得に対する税率が低い
所得税率は5%~45%ですが法人税率は23.2%(所得800万円以下の部分は15%)です。
事業所得が多いほど節税できるメリットがあります。
- 経費にできるものが増える
院長への役員報酬(月給)を損金(個人の必要経費にあたるもの)に算入できるなど、経費の幅が広がります。
- 行政手続きが必要
医療法人、医療機関としての各種行政機関に対する手続きを新たに行う必要があります。
- 法人の運営コストが発生する
登記関係、社員総会や理事会の運営、法人住民税の均等割など、個人クリニックにはなかった事務やコストが発生します。
- 出資持分のある医療法人の新設は不可
院長やご家族の資産形成のための対策が別途必要になります。
医療法人の節税については、こちらの記事を参照ください。
まとめ
個人クリニックの節税対策について解説しました。
節税対策の中には、事前に税務署に書類の提出が必要になるものや確定申告の際に書類を添付しなければ適用できないものがあります。
税理士にご相談ください。
いかがでしたでしょうか。
個人クリニックには個人クリニックならではの節税対策がございます。
また、法人化することで、より高い節税効果が期待できるケースもございます。
ご自身だけで判断することなく、是非税理士にご相談ください。
まいど!西新宿の税理士 中村です!
前回に引き続き、【医療】に注目しております。
前回との違いは、【個人】であること。個人クリニックでおすすめの節税対策、一緒に確認していきましょう!