インボイス制度の経過措置とは
インボイス制度にはさまざまな経過措置が用意されています。
その一つに、免税事業者などと取引をする課税事業者にとって役立つのが、インボイス発行事業者以外からの仕入れに係る6年間の経過措置です。
この経過措置によって、インボイス発行事業者以外から課税仕入れを行っても、その一定割合を仕入税額とみなして控除することができます。
インボイス制度の経過措置の対象者
インボイス制度の経過措置の対象者は、インボイス発行事業者以外から課税仕入れを行う課税事業者です。
インボイス発行事業者以外の者とは、下記の者をいいます。
- 消費者
- 免税事業者
- インボイス登録をしていない課税事業者
インボイス制度の経過措置の適用期間
インボイス制度の経過措置の適用期間は、インボイス制度開始日である2023年10月1日から6年間です。
制度開始から3年間は、課税仕入れから計算した消費税に相当する金額の80%を、4年目以降となる後半の3年間は50%を仕入税額とみなして控除することができます。
課税仕入れの時期 | 仕入税額の控除割合 |
2023年9月30日まで(インボイス開始前) | 100% |
2023年10月1日~2026年9月30日 | 80% |
2026年10月1日~2029年9月30日 | 50% |
2029年10月1日以降 | 0% |
例えば、免税事業者であるフリーランスのデザイナーに11万円で広告のデザインを依頼した場合、インボイス制度開始前は、消費税に相当する1万円すべてを仕入税額として控除することができます。
この1万円の控除が、インボイス制度の経過措置によって、3年間は8,000円、その後の3年間は5,000円を仕入税額とみなして控除することができ、7年目から本来の0円になっていくということです。
インボイス制度の経過措置を受けるための要件
インボイス制度の経過措置を適用するには、一定事項を記載した帳簿と請求書等の保存が必要になります。
- 課税仕入れ先の氏名または名称
- 課税仕入れ年月日
- 課税仕入れの内容(軽減税率の対象があればその旨と、経過措置の適用を受ける課税仕入れである旨)
- 課税仕入れの支払対価
重要なのは、「3」の経過措置の適用を受ける旨の記載要件があることです。
要件を満たすには、仕訳の摘要欄に「80%控除対象」、「免税事業者からの仕入れ」などと記載する方法や、経過措置の対象となる仕訳に「※」や「☆」といった記号・番号を付けて、別途「※(☆)は80%控除対象」のように表示する方法があります。
経過措置を受けるために保存しなければならない請求書等の記載事項は、インボイス制度開始前と同じ、つまり「区分記載請求書等」と同じです。
- 作成者の氏名または名称
- 取引年月日
- 取引内容(軽減税率の対象があればその旨)
- 税率ごとに合計した税込価額
- 交付先の氏名または名称
経過措置の対象となる請求書の作成者は、当然ですがインボイス発行事業者ではありません。
そのため、もし「3」の「軽減税率の対象があればその旨」の部分や「4」の「税率ごとに合計した税込価額」の記載がなければ、インボイス制度開始前の区分記載請求書等と同様に、この2項目のみ受け取った側で追記して保存することができます。(インボイス発行事業者による適格請求書の場合、追記や修正をすることはできません)
インボイス制度の経過措置によるメリットとは
インボイス制度の経過措置によるメリットは、買い手側と売り手側の双方にあります。
買い手側のメリット
インボイス制度の経過措置による買い手側のメリットは、免税事業者などインボイス発行事業者以外との取引を続けても、直ちに消費税の納税額に大きな影響がないことです。
経過措置の期間中に、本格的なインボイス制度に備えることができます。
売り手側のメリット
売り手側のメリットは、直ちに買い手側に大きな影響がないため、インボイス制度開始直後の取引の打ち切りリスクが軽減されることです。
それでも買い手側の税負担や事務負担は増えますので、リスクをゼロにすることはできませんが、少なくとも、経過措置の間、特にインボイス制度開始後3年間は、買い手の税負担の増加を、大幅に抑制することができます。
インボイス発行事業者に登録するかどうか迷っている事業者は、経過措置の期間中にインボイス制度について調べながら対応を決めることができます。
インボイス制度の経過措置期間中の仕訳について
インボイス制度の経過措置の対象となる課税仕入れを行った際の仕訳には、2つの方法があります。
消費税控除を受けられない分を費用に上乗せする
1つ目は、課税仕入れを行った時の仮払消費税等を、経過措置によって仕入税額とみなすことのできる金額(課税仕入れに対する消費税相当額の80%または50%)で計上する方法です。
2023年10月1日、免税事業者Aから消耗品を購入し、代金として1万1,000円を支払った。
借方 | 貸方 | 摘要 | ||
消耗品費 | 10,200 | 現金 | 11,000 | 80%控除対象 |
仮払消費税等 | 800(※) | ー | ー |
(※)11,000円×10/110×80%=800円
消費税額控除を受けられない分を雑損失などに振り替えする
2つ目は、取引時の仮払消費税等をインボイス発行事業者と同様に110分の10(軽減税率の場合は108分の8)で計上し、決算において、控除にならなかった分を雑損失に振り替える方法です。
2023年10月1日、免税事業者Aから消耗品を購入し、代金として1万1,000円を支払った。
借方 | 貸方 | 摘要 | ||
消耗品費 | 10,000 | 現金 | 11,000 | 80%控除対象 |
仮払消費税等 | 1,000(※1) | ー | ー |
決算時
借方 | 貸方 | ||
雑損失 | 200(※2) | 仮払消費税等 | 200 |
(※1)11,000円×10/110=1,000円
(※2)控除にならなかった分
【注意】税務上の仕訳との違い
決算時に雑損失に振り替える仕訳方法は、会計システムがインボイス制度の経過措置(80%や50%の計算)に対応していない等の理由で活用されることが多いのではないでしょうか。
しかし、会計と税務の仕訳が異なる取引を2つ目の仕訳方法で行うと、法人税の申告を誤るリスクがあります。
例えば、減価償却資産をインボイス発行事業者以外から取得する場合、税務上は資産として計上しなければならない金額までも、「仮払消費税等→雑損失」で費用にしてしまうことになります。
すると、減価償却の限度額を超過してしまうことがあり、その場合は、法人税の申告時に所得金額の調整が必要になります。
2024年4月1日、3月決算法人が、免税事業者Bから店舗用の中古の建物を購入し、代金として1,100万円を支払った。(建物の耐用年数:20年、償却率:0.050。購入とともに期首から使用開始したものとする)
→2つ目の方法で仕訳すると、下記のようになります。
借方 | 貸方 | 摘要 | ||
建物 | 1,000万円 | 現金 | 1,100万円 | 80%控除対象 |
仮払消費税等 | 100万円 | ー | ー |
決算時
借方 | 貸方 | ||
雑損失 | 20万円 | 仮払消費税等 | 20万円 |
減価償却費 | 50万円(※) | 建物 | 50万円 |
(※)1,000万円×0.050×12ヶ月/12ヶ月=50万円
この場合、税務上の仮払消費税等は「1,100万円×10/110=100万円」ではなく、経過措置によって仕入税額とみなされる「1,100万円×10/110×80%=80万円」となります。
差額の20万円は、建物の取得価額に含めることになり、建物は1,000万円から1,020万円になります。
そうすると、建物に対する減価償却限度額は、51万円(1,020万円×0.050)になります。
上記の仕訳では、減価償却によって費用にしなければならない20万円を雑損失として処理していますが、税務では、この20万円を建物に対する減価償却費として損金経理をしたものと考えるため、減価償却限度額をオーバーしている扱いになります。
よって、超過分である19万円(「減価償却費50万円+雑損失20万円」と「減価償却限度額51万円」の差額)は、法人税の計算上、損金に算入できないため、法人税の申告書で所得に加算する調整をしなければなりません。
区分 | 総額 | 留保 | 社外流出 | |
加算 | 減価償却の償却超過額 | 190,000 | 190,000 | ー |
税額計算時
インボイス制度における仕入税額の計算方法は、原則として「積上げ計算」になります。
ただし、売上税額の計算で「割戻し計算」を適用している場合は、仕入税額も「割戻し計算」を選択することができます。
インボイス制度の経過措置において仕入税額とみなす金額は、インボイス発行事業者からの仕入税額と同じ方法で計算しなければなりません。
例えば、仕入税額に積上げ計算を適用している場合は、経過措置分も積上げ計算を使用しなければならないということです。
それでは、経過措置において仕入税額とみなす金額の計算方法を、積上げ計算と割戻し計算に分けて解説します。
「積上げ計算」の割合
経過措置の対象となる課税仕入れの度に、支払対価の110分の7.8(軽減税率であれば108分の6.24)に80%または50%をかけた額(端数は切り捨てか四捨五入)で計算します。
ただし、7.8%(国税である消費税のみの%)を課税仕入れの度に別途把握するのは大変ですので、国税庁のインボイス制度のQ&A(令和5年4月改訂版)では、課税仕入れの度に、仮払消費税等(支払対価×110分の10又は108分の8)を80%または50%で計上していれば、その合計額に78/100をかけて計算する方法でもよいとしています。
- 経過措置の対象となる課税仕入れ時(端数は切り捨てか四捨五入)
課税仕入れの度に、下記の計算式で「仮払消費税等」を計上する
支払対価×10/110(8/108)×経過措置の80%または50%
- 消費税申告時(端数は切り捨て)
経過措置分の仮払消費税等の合計(上記①の合計)×78/100
「割戻し計算」の場合
「割戻し計算」では、課税期間中に行われた経過措置の対象となる課税仕入れの支払対価を合計し、まとめて税率をかけて計算することができます。
支払対価の合計額×7.8/110(軽減税率は6.24/108)×80%または50%
まとめ
インボイス制度の経過措置の内容、適用期間やその割合、経過措置のメリット、経過措置の仕訳、申告時の税額の計算方法について解説しました。
インボイス制度の経過措置によって、直ちに大きな影響がないよう配慮されていますが、6年を過ぎれば、経過措置の恩恵はなくなってしまいます。
インボイス登録をするかどうか迷っている事業者の方は、早めに方針を決めましょう。

いかがでしたか?
インボイス制度開始まで残り5カ月を切りました。
未だ概要が掴めず、登録の要否にお悩みの方もいらっしゃるかと存じます。
経過措置があることも念頭に入れ、焦ることなく正しい知識をもって判断頂ければと思います。
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今回は【インボイス制度の経過措置】について。
インボイス制度には経過措置が用意されていることをご存じでしょうか。
本記事では経過措置の内容やメリット等、利用するにあたり知っておくべきポイントを解説しております!
是非ご一読ください!